主人公に全力でなにかさせる【意識低い系・ストーリー作り 2】

 べつに作家でもなんでもないおれが、小説を書いたことがある、という経験だけで、なんか気持ち良さそうに創作を語るシリーズ、最終回。
 前回は、「謎をつないでゆき、賭け金をせり上げていくとストーリーは作りやすいよ」ということを書いた。
 さすがにこれでプロットまでもってゆけない気がする。もうちょっとストーリーについて、あくまでおれの場合だけど、というのを書きたいっす。


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 やはり、神話の法則、というやつに触れないではいられない。
 神話学者のジョセフ・キャンベルが発見し、脚本家のクリストファー・ボグラーがカジュアルにした物語の 12 段階である。
 イケてる物語は、だいたいがこの 12 段階を踏んでゆくとされている。
 そんなわけあるか、と。
 おれも最初はそう思いましたよ。外人さまは、のんきですな、と。
 しかしながら、こちらの記事で書いたように、八尺様ですらこの法則にあてはまるかに見える。強引にやればけっこう、なんでもあてはまっちゃうのである。
 
 おれは、この法則の存在を信じるにいたり、この 12 段階に従っていくつか物語を作ってみた。10 個くらい作って気づいた。
 なんか全部、おなじパターンになっちゃうのである。
 当たり前っちゃ、当たり前かもしれない。ひとりの人間がひとつの方法に沿って考えてるんだから。
 しかし、
 ——おれ、才能なさすぎ。
 というショックはいなめない。「このワンパターンはおれの個性」と開きなおれるようなレベルじゃないのだ。ひどいのである。
 
 ストーリーの盛り上がり方の起伏、それが同じなのはいい。そこが一致してしまうのは仕方ない。というかそこが一致していれば、いい物語なのだろう。
 おれがパターン化してしまったのは、主人公の問題に対処する、そのやり方。それがぜんぶ一緒。
 おれがそのころ作っていた主人公の活躍ってのは、なんか「敵の裏をかいて」っていうパターンばっかりだったと思う(むかしのことなので忘れた)。
 たぶん、考えが浅かったのだ。
 問題やら障害やら葛藤の解決には、さまざまあってしかるべきなのに。それを考えていない。楽して勝とうとしている。敵が都合良く、隙を見せてくれるような展開ばっかりなんである。
 これはアレか。
 今までの自分の、生き方の貧しさがそのまま出てしまっているのか。
 
 と、自分の生き方を反省する一方で、ストーリーのほうはワンパターンにならないよう、主人公にいろんな方法で問題を解決させるべく頭をしぼりはじめた。
 正々堂々、努力して能力を高めて問題に挑戦したり、そうかと思うと逃避したり、ひとを頼ったり、金をつかったり、誰かをダマしたり、七転八倒、いろんなことさせるのである。
 それで思ったのは、ストーリー作りってのはこれなんだ、と。
 主人公にどのような問題解決をさせるか、それを考えることなのではないか。
 そこが一番、知恵を使うところではないかな、と思ったわけ。
 キャラクター同士がすれ違ったり、出会ったりという運命の交錯、みたいなのはわりと出来るのよ。やってみればわかる。
 主人公を窮地に立たせるのも、わりと出来る。ここでこうなったら最悪だよな、という状況にもっていけばいい。
 その窮地をどう脱するか。ここなんである。
 
 命の危険があるようなシリアスの場面では、論理的で、なおかつ意外性のある解決策を考えたいところだ。
 そうじゃなく、日常にある問題の解決なら、なにも冴えた方法じゃなくていい。どちらかというとキャラクター性みたいのが活かされるべきだろう。
 真面目な男、というキャラクターが恋をしたら、恋愛本とか男性ファッション誌を何十冊と読破して、きゅうに変な格好してキザなこといい出したり、とか(解決策としては失敗しているが)。
 小柄な OL が、仕事先の社長にひどいセクハラされて、とつぜん笑顔と毒舌で相手をやりこめたり、とか。
 小池一夫先生の、キャラクターがエンターテイメントを作る、という主張ともつながってくるんじゃないかな、と思っている。
 
 というわけで、神話の法則は、その起伏をなんとなく覚えておくだけでいいような気がしている。それだけでも効果がある。もちろん、完全に暗記してしまってもいいし。
 とくに、下のふたつは外さないで、守ったほうがいいと思う。
 

  • ストーリーは、後半にいくに従って盛り上がったほうがいい。
  • 盛り上がるひとつ前で、主人公が落ちこんだりして盛り下げたほうが、その後の展開で爽快感を出せるよ。

 このふたつが実現できてれば、けっこう、それっぽくなる。
 あとは、12 段階すべてを順番通りにやってもいい、なんだったら完全に無視したっていいかも。
 せっかくだから使ったほうがいいとは思うけど、まぁいいや。
 そこじゃないのだ。
 12 段階に自分の物語をハメていくなんて、慣れればできる。
 主人公が、目のまえに立ちふさがる障害。
 これを、どれだけ華麗に、機敏に、かっこよく越えさせるか。どれほど泥臭く、執念深く、粘り強く克服させるか。あるいは、どのようなマズいやり方で失敗させるのか。ストーリーを作るっていうのは、おそらくそこに頭をしぼる、ということなんである。
 もっといえば、主人公がたんなる無能野郎だって、いけるはずだ。
 とにかく行動さえしてくれたらいい。
 結果に意外性さえあればいい。成立する。ナイスな「ひねり」を思いつけばけっこういけちゃうと思うよ。

 あと、そうだ。
 プロットをいざ書こうとしても、最初はどう書いていいかわからない。おれはわかんなかった。
 ただこれ、ひとによる、みたいだな。
 マジで 800 字程度のプロットで小説を完成までもっていけるひともいるらしい。
 おれの場合はできるだけ詳細に書く。文章は適当だが、第 0 稿と呼んでもいいくらい書いてると思う。
 冒頭から順番に、場面をありありと思い描いて、それを簡単な言葉にしていく。
 途中を省略したりはしない。ぜんぶ書く。
 特に、「なんやかんやあって」と書きたくなる部分を、絶対にうやむやにしない。ここをうやむやにしたばっかりに、完成にいたらなかった作品が、おれにはいくつかある。
 なにがあって、どういう理由があって、どのようになったのか。
 それをどのように表現するのか。
 具体的に書いておく。
 キャラクターが作中で使う小道具ひとつでも、どこで手に入れたのか、とかどうやって運んだのか、ということをしっかりやっておく。
 ストーリー作りは、頭のなかでもにゃもにゃと幸せに妄想していてもできるかもしれない。
 しかしプロットは、細かい部分をつめるのが作業の目的だ。矛盾がないか何度も見直す。全体を通して足らない部分や、いらない部分も見えてくる。プロットの段階で苦労しておくべきなのだ。そこで苦しむのが一番、楽できるから。本稿の執筆になってからストーリーの修正をするのは、けっこうしんどい。
 
 プロットの書き方はひとそれぞれなんだと思う。しかし、小説が書き上げられない、というひとには、プロット段階で詳述することをおすすめします。しますよ。

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