ユーザーの姿勢を変えさせたマイクロソフト。視線すら変えさせなかったアップル

 いまはわからないけど、むかしは Mac を買うと、説明書に「コンピュータを使うときの正しい姿勢」みたいな注意書きが図で描かれていた。
 Apple には、ヒューマン・インターフェース・ガイドラインっていう、人間がもっとも使いやすいであろうコンピュータのあり方を研究した文書が受け継がれている、と聞く。Mac に向きあう姿勢も、その教条的な文書に記されているんだろう。
 説明書の図は、まじめに読んでなかったけど「背筋を伸ばして使うべし」みたいなことが書いてあった気がする。


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 ここ最近、Microsoft が発表した Surface Studio と、Apple が世に送り出した MacBook Pro のことをよく考える。

 おれの甥がね、小学 4 年生と 3 年生の子供なんだけど、ときどき、おれのところへやってきて、パソコンの画面をさわるのよ。うちの兄貴の子どもたちなんだけど、兄貴のパソコンはタッチディスプレイだからさ。画面にさわれば反応する。
 おなじようなもんだろう、と思って、おれのパソコンの画面にさわるわけ。
 おれのパソコンはタッチディスプレイじゃないから、無反応なんだよね。甥っこたちはちょっと、バツの悪そうな顔する。
 おれもちょっと、バツが悪いんだよね。

 おれ自身は、Mac にタッチディスプレイ、いらねぇだろ。と思ってる。
 けど、子どもが画面のフォルダにさわったら、そのフォルダが開くって思うのも無理ないよな、とも思う。スマホの操作になじんでるのかもしれないし、だいたい、直感的ってそういうことだろ。

 Mac はなんで、タッチできるディスプレイを作らねーんだろう。
「ゴリラ腕」っていう言葉があるんだってな。
 ジョブズも言及したことがある、画面タッチで生じる疲れ、を指す言葉らしい。画面をさわるために腕をあげっぱなしなのは、疲れる。途中、休みをとらないとやってられない。腕をゴリラみたいにぶらぶらさせて、血液を指先までさげる、という動作を繰り返すことからついた名前みたい。
 このゴリラ腕の克服。
 それを目指した Microsoft と Apple が、それぞれ別々の回答にたどりついたような気がして、2016 年の 10 月は興味深かった。冴えた回答は、どう見ても Surface のように見える。現時点では。

 Surface Studio と MacBook Pro をくらべるのって、どうなん、かたやプロ向けの 30 万円もするパソコンで、かたやノートパソコンだよ、という話はある。Apple には iPad Pro があるだろ、といわれれば、そうだよな、と思うけどさ。
 それにしてもだよ。Surface Studio。
 28 インチのディスプレイを、可変するヒンジでぐにゅと折りたたむ。
 アニメーターがむかし使ってたトレス台くらいの角度にして、画面に直接、ペンで入力する。
 これけっこう、インパクトあるよ。
 いうなら、画面を寝かせる、という程度の仕掛け。それにしては効果が高い。腕も疲れないだろうし。
 ユーザーはちょっと前かがみになって使うかもしれない。そうなった時、視界は画面でいっぱいになるかもしれない。
 ギスモードのハンズオンレビューでは、Surface Studio の大画面を使って描く体験を、「他のデバイスに代えがたい没頭感」と表現していた。
 ディスプレイは軽くて、片手で角度を調節できるらしい。

 また、Surface ダイヤルっていう、ビンのフタみたいな円柱のデバイスも、そそるじゃない。どれほど使えるかはわからないけど、イジってみたくなる。
 ちっさくてシンプル、それでいて気のきいてるってのが、Macっぽいんだよな。Apple のイベントで感じるようなわくわく感があるんだよ。
 こいつを画面にくっつけると色がぶわっと広がる、このへんも、Apple が大得意だったはずの魔法っぽさがある。YouTube の PVみたいなやつの演出はダセえと思っちゃったけどさ。けれん味はあるよね。

 かたや MacBook Pro のほうは、けれん味というより俳味みたいな、なに気に使いやすいんだろうな、と想像のつくタッチバーってのを持ってきた。
 vi とかを使うひとには必須らしい ESC キーを大胆にとっぱらった。つーかファンクションキーの一列をとっぱらった。Apple は例によって「革命的」って言葉で、その果断さを自画自賛したみたい。
 ファンクションキーがあったところに、びたーっと細長いタッチエリアを設けた。
 画面にさわっても、なにも起きずにバツの悪い思いをするけど、さわれる場所がともかく出来たわけだ。
 どんだけギズモード好きなんだよって話だが、ギズモードに新 MacBook Pro のハンズオンレビューがある。ハンズオンってのはたぶん、実際に触った、っていう意味かと思う。

 発表直後くらいから心配されていたのは、メイン画面とタッチバーとの間で、視線移動が避けられず、それがわずらわしいのではないか、という点だった。ギズモードさんはそれを「杞憂」としている。「驚くほど自然な使用感」とのこと。
 タッチバーの位置は、画面のすぐ下だから、視線の移動は最小限といわれれば納得できる。
 完全にいままで通り、とはいわないまでも、Apple はユーザーの視線の先さえ、保守的に守った。
 一方、Microsoft は、ユーザーの PC に向かう姿勢を変えようとしている。「画面に覆いかぶさるようにして使いなよ」という提案をぶちあげた Microsoft のほうが革新的だったと思う。

(新 MacBook Pro が USB3.0 や HDMI、カードリーダー、MagSafe を、ほんのわずかな薄さのために廃止した件は、ここでは考えない。Apple はこの部分に軽はずみな革新性を発揮したのかも、とは思うけど)

 Surface のほうが革新的といっても、いい、悪いじゃない。つか、Surface Studio の選んだ方向のほうが間違ってるかもしれない。
 Apple だって、たとえばレノボの YOGA シリーズだとか、ディスプレイが、ぱかっと外れてタブレットになっちゃうやつとか、ねちっこく研究しただろう。
 そのうえで、「ないな」と決めたはずだ。
 だいたい iPad 作ってるわけだし。画面にさわりたけりゃ、iPad があるだろ、って話だ。
 おれ自身、Mac を使っていて、「画面をさわれたらいいのに」なんて思う場面、まずないといえる。

 けどさ。
 かたや、Windows 10 ひとつで、タブレットも PC も作れる陣営があって、その連中が「画面に直接入力するの、ありだな」って目覚めちゃった場合。
 そっち方向につっ走っちゃった場合。
「なしだな」ってことで、Apple Watch の OS で動くタッチバーをくっつけた陣営との違いは、どんどん開いていくんじゃねーの?
 すべてのパソコンは Apple の先進性のあとに追随してりゃあいいんだよ。
 と、いえるうちは、PC と Mac の違いなんて喜んで受け入れられてたよ。
 けど、WindowsPC が、タッチ入力を活かす方向へ、ぐにゃぐにゃと進化を遂げていったら。タブレットだか PC だか判然としない変な形になっていったら。マカーたるおれは、ちょっと取り残された気分になってしまうと思う。

 子どもが画面のオブジェクトにさわって、なんか反応する、くらいのことがあってもいいと思うんだけどな。
「いや、だから、ガキには iPad 使わせとけよ」ってことなんだろう。
 Surface Studio どころか、MacBook Pro を買う予定もないおれには、関係のない話ではあるけどね。
 つーか、おれの注文した MacBook が明日か、あさってには届く予定。
 それがすげー楽しみ。

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