ボブ・ディランさんのノーベル文学賞受賞は、文芸の一歩後退か、文芸のあらたな地平か。

 携帯小説がぶわっと流行したころ、「文芸が、より大衆化してひろまってるってことだよな」とおれは好意的に思った。そのころから小説賞の投稿が増加していて、「小説のカラオケ化」みたいな言葉が新聞におどった。


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 本の売り上げは減っているのに、書く人口はふえている。
 その状況を、歌を聞くのが目的じゃなく、自分が歌うのを目的としているカラオケに例えた、みたいな言葉だった。
 カラオケは歌の消費であり、著作権料が発生するけれど、小説カラオケのほうは本が売れないので困るね、なんてことも指摘されていた。
「はああああぁーっ、てめぇ、新聞社、てめぇ! おれに小説を書くなっていってんのかよっ! 小説なんか書いててすみませんね! おれは本買ってますけど! カラオケ? はあああぁーっ!」
 おれは激昂した。
「だいたい、カラオケの流行はっ! 文芸の隆盛ともいえるんじゃないですかっ! 歌詞って詩ってことだろっ! 文芸だろっ! それがかつてなく消費されてるだろっ!」
 しかし、ボブ・ディランさんがノーベル文学賞か。
 そうなってくっと、うん? とも思うな。
 歌詞はともかく、メロディは?
 文学?
 表現・芸術ってことなら、すべて広義の文学ってことでいいのかにゃ?(猫化)
 
 もう世界的に文学が衰退しててさ。
 若者にとどまらず、世界的な活字離れがすすんでてさ。
 しょうがねぇから、もう音楽も文学に入れちゃおうってことなんだろうか。
 でもそれだったら、いるよ、ひとり。売れてる作家が日本に。村上さんってひとがいるわけだろ? くれよ。ちょうだいよ。おれがいうこっちゃないけどさ。
 だいたいなんだよ。反戦平和ならなんでもいいのかよっ。
 歌でもいいのかよっ。
 てめぇおい、こら、ノーベル文学賞!
 おめぇが文学を支えねぇでどうすんだよっ!
 
 でも、新聞でボブ・ディランさんの歌詞の訳を読んだけど、すばらしいのな。
 まるでコケのつかない転がる石のように、なんも身につけず流浪の生活をおくる、おれみたいな男のための歌だな。
 おれってロックだったんだな。なんか救われたよ。
 曲は聞いたことないけど、聞くわ。
 
 ノーベル文学賞っていっても、ベルグソンという哲学者や、英国首相のチャーチルの自叙伝が受賞したりしている。昨年の受賞者はノンフィクション作家の方だ。
 むかしからあんまり垣根なく、なんだろ、その時代? 時代を代表した、とか時代を変えたとか、そういう感じの選考基準で受賞者が決まってたのかな。
 それにしても、ボブ・ディランさんにノーベル賞、は思い切ったといえる。
 きょうの新聞に書いてあったけど、英米文学では、小説だけじゃなくその時代をいろどったポップミュージックのたぐいも研究されていて、なんらかの文脈として捉えられている、みたいな流れがあるらしい。
「芸術は威嚇だ」と遺伝学者の竹内久美子さんが、いくぶん冗談まじりにいってたけど、ひとつの時代に身をおく個人が、威嚇のように叫ぶその叫びが、なんかの現象のように時代とシンクロしてしまうことってあるからな。
 日本もエヴァンゲリオンに芥川賞とかやっときゃ良かったんじゃねーの。
 いや案外、遠い将来、日本の漫画家がノーベル賞受賞ってことだってあるかもよ。
 
 そんなとき、注目すべきニュースが飛びこんできた。
 wwwww
 関係ねぇwwww

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